海外に長く住んでいた私が日本に帰ってきてすぐに気がついた人の変化がある。
それは、他人に対して敵意があるように接する人や攻撃的な人が多くなったということである。以前の日本では、他人には一定の距離を保ち行儀をわきまえた接した方が普通だった。もしくは行儀をわきまえていなくても、ただ無関心な態度をとるだけで、少なくとも攻撃的な態度はそうはとらなかったものだ。
また、しばらくすると「傷ついた」と言っている人が多くなったことにも気がついた。自分で「傷ついた」と言っているだけで本当にそうなのかはわからなかったが、どうやら本当に傷ついている人が多くなっているのだと、私の周りにも鬱病やそれに近い状態の人、孤独で死にそうな人が数多くいることからわかった。
この敵意を持つ攻撃的な人と傷ついた人は別々に存在するのかと言うと、そうではないということもすぐにわかった。敵意を持つ人の多くが傷ついた人でもあるのだ。逆に言えば、傷ついた人がその後人に対し敵意をもって接するようになると言ってもよい。人はしたことをされ、されたことをするのだ。
特に幼いときに負った心の傷の痛みは怒りとなって無意識の中に隠されていくが、(よって本人はおぼえていないことも多いが)実際は消えることはない。それどころか、その怒りはその後、多くの場合本人に自覚なくふとしたきっかけで他人にたいして何倍にもなってぶつけらていく。
人は誰でも生きていく中で傷ついていく。一般の大人で病気や怪我をしたことがない人はいないように、精神的にも傷ついたことない人はいない。これはどんな時代や社会でもそうだ。ただ、何故今は鬱病や神経症になるほどひどく傷ついた人が多いのか?何故人に危害を加えるほど傷ついているのか?一般の肉体的な病気でたとえて言うなら、病気の原因となるウィルスが強くなっているのか、それともウィルスに対する人の抵抗力が弱くなっているのか?
肉体的な病気の現状と同様、精神的なものでもその両方だと私は思っている。過度の競争社会(競争自体が不必要とは言わない)、離婚や家庭内暴力、育児放棄や幼児虐待、いじめの増加等々、家庭や学校や職場のあらゆるところで人を傷つける要素が強くなっている。そして、体力的にも低下し不規則な食事や生活を送り、我慢や忍耐という事の訓練もしなかった人が、この地獄のような状況の中で、大きな傷を負わずに生きていくほうが難しい。作家の五木寛之氏は年間3万人以上が自殺で亡くなっている今を「戦争状態」と言っていたように憶えている。
人は家庭や家族の中で愛され、学校や職場で認められるのが理想である。その度合いが薄くなればなるほど心の不安定さが高まっていく。終いには人を攻撃するようになる。秋葉原の殺傷事件の犯人も「俺は認められていない」といった思いが強かったようだ。
傷ついた人や攻撃的な人が多いというのは非常に根が深い問題で、これまでの経済や政治や文化のあり方ではもう世の中がどうにも立ち行かなくなっているということだ。今の現状は五木氏が言うように、見えない「戦争状態」や「地獄」の状態になっているということだ。
私個人が出来る事は小さいが、周りにいる傷ついた人間の力になりたいと思っている。
最後にひとつだけアドバイスを。傷ついた人のことを本当に理解し受け入れていく彼氏や彼女、夫や妻ができればこれは特効薬になるが、この傷ついた心を癒すために単純に恋愛関係に頼ろうとしてはいけない。
傷ついた人はその内に潜んでいる怒りをまず身近な人にぶつけることが多い。愛しているにもかかわらず、いや愛しているからこそかもしれないが、愛した人に怒りを感じ、攻撃的になってしまう。自分でもどうして怒ってしまうのか、なぜ攻撃的になってしまうのか、そして喧嘩になってしまうのかわからない人も多いと思う。相手を思う気持ちは強く、相手を受け止めてあげようと思いながらも状況は繰り返され、次第に二人の関係がまくいかなくなってしまうという悪循環になりやすいのだ。
また、仮に相手に怒りをぶつけることがそれほど激しくなくとも、男女の恋愛関係自体が非常に不安定なことが多く、関係が壊れやすいとも言える。
いずれにしても、恋愛関係は人を救う事もあるが、今言ったように一歩間違うと、傷や痛みや怒りをかえって悪化させてしまったり複雑にしてしまう。そうなると恋愛するのが臆病になったり怖くなってしまうのである。