「小さいおうち」考

  • 2015.03.05 Thursday
  • 11:49
JUGEMテーマ:日記・一般
 遅ればせながら映画「小さいおうち」を見た。これまでの山田作品同様、市井の人々を淡々と描き出し深い余韻を残すことに成功した秀作である。
しかし、これまでの山田作品とはどこか違った新鮮さや魅力があった。
それは、作品にいくつかの謎を仕組むものの、その謎解き(真相)をせずにぼやかすことによって、見る側に思考することを余儀なくさせている点だ。
 では、その謎とは何か。
それは、ラストシーンで健史が問いかけたように、「長く生きすぎた」と涙して悲しむ(山田監督はこのシーンを2度も使っている)本当の原因は何だったのかということだ。そしてタキはなぜ時子の手紙を板倉に届けず、死ぬまでそれを明かさず手紙を保持していたのか、ということだ。
 ネットを見ると多くの方が苦しんだ理由として、手紙を渡さなかったことへの罪の意識を挙げている。そして手紙を渡さなかった理由としては、板倉への恋愛感情、時子への恋愛感情、女中として家を守るため、等々が挙げられていた。
 しかし、どれを読んでもしっくりこない。タキの「長く生きすぎた」という言葉の説明がつかない。
 では、私はどう考えるか。
 タキにとって時子は憧れでもあり尊敬する人でもあった。その感情は恋愛感情ではなかったが、それに似た要素があった。(この感情は複雑でありながらも強い感情だ)。それと同時に時子の持つ家庭もタキにとっては憧れであり理想のものであった。その象徴が赤い屋根の「小さいおうち」だった。タキにとって幸せとはこの「小さいおうち」で憧れの時子とその家庭と共に生きていくことだった。ところが、時子が板倉と不倫関係に陥ってしまったことで、憧れであるべき時子の姿が揺らぎ、理想の家庭も崩壊してしまう恐れが出てきてしまった。自分の幸せが脅かされてきたのだ。
憧れで尊敬する時子だから彼女の板倉に対する願望を叶えさせてあげたいが、その一方で自分の理想と幸せを壊したくないという葛藤。理想と幸せを守ろうとすれば時子から自分が嫌われるかもしれないという葛藤。
そしてタキは板倉に手紙を渡すという方法を咄嗟に思いついた。これなら時子に嫌われないだろうし、手紙を板倉に渡さなければ理想と幸せも壊さずにすむ。手紙を死ぬまで捨てることができなかったのは、憧れの時子の大事な手紙だったからだ。(もしタキが時子に対して思慕の情がなく、単にこの理想の家庭だけを守ろうとしたならば、またもし板倉への嫉妬心があったなら、この手紙を破り捨てるなり処分するのが普通だ)。
タキは心苦しさや罪の意識を抱えながらも、自分の力で自分の幸せでもある理想の「小さいおうち」を崩壊から守った。
  そして戦後に再び平井家のあったところを訪れ、あの「小さいおうち」が破壊されてしまったこと、時子が旦那と抱き合って死んだことを知る。タキの理想の家庭は最後の瞬間まで、不倫やら何やらの理由で自ら壊れることなかったのだ。しかし、自分が苦しみながら必死に守ったその「小さいおうち」はタキ個人を超えた大きな外からの力で無残にもいとも簡単に消滅してしまった。憧れの時子とその家庭は一瞬で存在しなくなってしまった。戦争という巨大な力の前ではタキの努力も水泡と帰してしまった。「時子と夫は抱き合って死んでいた」とタキは聞く。それゆえ余計にタキの精神的ダメージは大きかったのではないか。
 タキは女中ではあったが家族同然の「小さいおうち」の大事な「住人」だった。少なくともタキの中ではそうであった。しかし、「小さいおうち」は消滅し、「住人」はタキ一人になってしまった。もし自分の愛する家族や仲間が、一瞬にしてどこかへいってしまったら、、、。取り残された者の悲しみや孤独感は想像に難くない。
「長く生きてしまったばかりに、こんなにも悲しみと孤独感、罪悪感(死ぬ前に時子に板倉を会わせてあげなかったという)に苦しみ続けなければならなかった。自分もあの時運命を共にしたかった。もっと早く人生を終わりにしたかった」。タキの苦しみとはこういうものだったのではないか。
 当たり前のことだが、戦争で亡くなった人だけが被害者ではないのだ。戦争が起これば生き残った人たちの多くもまた被害者なのだ。
この作品はそのことをしみじみと教えてくれる。
 
 晩年のタキの部屋に板倉が描いた「小さいおうち」の絵があったことから、おそらくタキと板倉は戦後にコンタクトを取っていたのだろう。
実際に会ったのか、またどれだけ頻繁にコンタクトをとったのかがわからないので、これは根拠のない想像になるが、「小さいおうち」に関係する板倉とコンタクトすることによって幸せだった日々を思い出すことができて孤独感や悲しみが和らいだのかもしれない。そして板倉没後に「長く生きすぎた」と一層強く感じたのかもしれない。もちろん全く逆の可能性もあるが、、。

 一応、板倉への恋愛感情説、時子への恋愛感情説を否定する根拠を挙げておく。
〃鮖砲、タキが板倉のことが好きで時子との三角関係を想像したとき、タキは「想像力が貧困だ」と切り捨てている。
∋子が板倉を訪れる前と後で,彼女の帯の模様が逆に なっているのにタキが気づいたときの描写で、彼女は「奥様の帯が解かれるのがその日初めてではないのではないかと思うと私の心臓は妙な打ち方をした」と言っ ている。タキの視点は時子にだけ注がれている。板倉には注がれていない。

時子の女学校時代からの親友で同性愛者風の睦子とタキの会話のシーン全般からタキの時子への思慕の情が察せられる。特に、睦子の「嫌だったのあの人(時子)が結婚するのが。独占したかったの。わかるでしょう、タキちゃん」という問いかけに対してタキは頷いている点。
せ子の足をマッサージしたときのタキのドギマギした様子。
,鉢△任泙坤織が板倉を好きだったという考えは消える。逆に時子に対しての同性愛と見る向きもあるが、もしそうならば嫉妬心が板倉だけでなく時子の夫に対しても向けられなければおかしい。ところがそれは全く感じられない。タキはお洒落で美しくて優しい奥様である時子に憧れていただけだった。そこには恋愛感情に似た要素はあったが、性的な意味を含む恋愛感情・同性愛ではなかったと考えるのが妥当だ。女子高できれいな先輩に憧れるときの女子高生が抱く感情とほぼ同じだろう。
 板倉のタキに対する感情はわからない。出征前の晩にタキをハグして「もし僕が死ぬとしたら、タキちゃんと奥さんを守るためだからね」と言うシーンがある。あの当時男性が女性をハグするのは特別なことだが、恋愛感情と言うよりは妹のような存在として特別に思っていたのではないかと私は考えたい。だから二人が並ぶ「小さいおうち」の絵を描き、特別なものとして寝室に飾っていたのだと思う。おまけに言わせてもらえば、板倉はタキが時子に思慕の情を抱いていたのをわかっていたのだと思う。

 最後に、黒木華さんの演技と久石譲の音楽は素晴らしかった。黒木さんの演技には特に惹かれた。日本アカデミー賞最優秀助演女優賞やベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞されたのも納得する。今後期待できる若手俳優の一人だと思う。

p.s. ラストシーンで年老いた恭一が言う台詞が印象的だったので、載せておく。
 
 「嫌な時代だったな、、。日本人誰もが何かしら不本意な選択を強いられていたんだ。いや、強いられてする人もいれば自ら望む人もいて、それが不本意だったという事すら気がつかない。そういう時代があったんだよ」。

 そんな時代が再びこないことを祈る。


 


 
 




 
 

映画「English Vinglish」(邦題「マダム・イン・ニューヨーク」)

  • 2014.09.20 Saturday
  • 11:27
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 8月中のことですが、映画「English Vinglish」を見てきました。
かなり期待していたんですが、、、。う〜ん、なんかイマイチでした。絶賛している友人もいましたが、、私には深みがなく感じられて、悪くもなくよくもなしの作品でした。ただ私の以前のアパート近くや今の私のニューヨークの住所になっている建物が出ていたので、ちょっとうれしかった。ニコ
 それにしても「マダム・イン・ニューヨーク」っていう邦題なんとかなりませんかね〜。いつも思うんだけど、ダサい邦題が多い。これなんか原題が短いんだから、そのまま「English Vinglish」でいいのにね。

深谷シネマで「ソハの地下水道」を観る

  • 2013.02.10 Sunday
  • 20:02
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  先日ポーランド映画の「ソハの地下水道」を観てきた。
第二次大戦中にナチス・ドイツに支配されたポーランドで、ユダヤ人を地下にかくまった水道労働者ソハの実話を基にした人間ドラマだ。
 映画はなかなかの出来でありいい映画であったが、深い感動とまではいかなかった。ただ、盗みなどもしながら生計を立てていた、(まあ、当時は少なくなかったかもしれないが)決して心清らかとは言えない主人公ソハが極限状況の中で、普通ならば保身に走るであろうところ、自分や家族の身を危険に晒しながらも、ユダヤ人を救ったという、この変化が非常に考えさせられた。またこのソハの次第に変化する様が上手く映画で表現されていたと思う。俳優のキャスティングも演技もよかった。
 この映画を観たのが隣町の深谷シネマであったのもよかった。市民映画会から発展した小さい劇場で、以前の場所から数年前に旧酒蔵を改装し移転したのだが、趣のあるいい劇場である。またいい映画をここで楽しみたい、そんな気持ちになった。

深谷シネマ
http://fukayacinema.jp/

映画「サイドウェイ」−中年男のダメっぷりと哀愁とワインー

  • 2012.05.15 Tuesday
  • 23:03
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  製作された2004年から気にはなっていたのですが、結果的に見なかった映画「サイドウェイ」。
先日テレビで真夜中に放送されていたので録画してやっと見ることができました。
 結果、期待以上にいい映画でした。中年、特に離婚経験のある中年の心理を見事に描いており、何度も「わかる、わかる」と言ってしまいました。
 最後にささやかな希望の光を感じさせるところは、あ〜やっぱりアメリカ映画だなって思わせてしまいますが、まあ、それでも中年のダメっぷりと哀愁を十分に感じることのできる、魅力ある映画であることは間違いありません。
 私も離婚直後に見ていたらもっと感情移入していたでしょうから、結果的に見るのが今になってよかったと思います。

「おくりびと」アカデミー賞受賞

  • 2009.02.23 Monday
  • 14:23
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「おくりびと」がオスカーを受賞しました。
個人的には商業主義に偏っている米アカデミー賞よりも非商業主義の色が強いカンヌやベルリン、トロントといった映画際の方が好きですし評価もしています。それでもオスカーを獲得したことは高い評価に値すると思います。
作品をまだ観ていないのでその内容についてはまだコメントはできませんが、日本映画のすばらしさが今以上に世界に認識されることを願ってやみません。日本映画には黒沢や小津、溝口以外にもすばらしい作品が多くあるんです。また日本だけでなく世界中には商業的には大成功していなくてもすばらしい映画が多くあるんです。昨今のハリウッドの商業主義に汚染されずにいい映画を味わい、そして評価していかなくてはなりません。(もちろんハリウッドでもいい映画はたまにありますけどね)
主演した本木雅弘について一言。
これまた作品を観ていないのでこの映画の彼の演技についてはコメントしませんが、これまでの彼の演技を観てきて、個人的に高く評価したいです。昔から彼の演技には光るものがありました。名前をだしてすみませんが木村拓哉のへぼ演技とは対照的です。「武士の一分」での木村拓哉の演技を高く評価する人もいますが、私は彼の総合的な演技力は高くないと思います。
本木がこの作品でどんな演技をしているのか楽しみですし、これからも彼がいい作品でいい演技をしてくれることも楽しみです。
とにかく早速「おくりびと」を観なくっちゃ!

役者の質の低下

  • 2008.10.18 Saturday
  • 00:08
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今月の5日に名優緒形拳さんが亡くなりました。そして追うように峰岸徹さんも亡くなりました。
次々といい役者がいなくなっていますね。緒形さんのようなレベルの役者はあまり残っていない気がします。
では、彼に匹敵するような役者になりそうな若手はいるでしょうか?
最近のテレビや映画を観ると、実力のないガキ俳優のオンパレード。ストーリーも小学生並みのレベルの内容。せっかく年配のいい役者が出演していてもお粗末な若手役者との差がありすぎて違和感を感じます。
もうあまり観るドラマや映画がありません。若手の役者たち、もっと芸を磨け。制作サイドも人気よりも実力のある役者と中身のあるストーリーで作ってくれ!

What happens in Vegas (邦題 ベガスの恋に勝つルール)

  • 2008.08.21 Thursday
  • 07:45
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キャメロン・ディアスの新作「what happens in Vegas」を観てきました。まあ、よくあるハリウッドのラブコメディでしたが、キャメロンの魅力がよく出ていましたね。彼女はそれほど演技力があるわけではないので、この手のタイプの映画が一番合ってますね。(いい意味でも悪い意味でも”ラブコメディの女王”です)
笑えるシーンがたくさんあるのでデートにはいいかもしれません。ちなみに私も久々にデートでこれを観て来ました。楽しい
それにしてもこの手の映画の邦題は何とかなりませんかね。


ニューヨークで「寅さん」を観る

  • 2008.06.08 Sunday
  • 15:40
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私は「男はつらいよ」のファンですが、健二郎君は私を上回るファンなんです。全作品はもちろんのこと関連したDVDやビデオも持っております。
今回のNY滞在期間で10本以上観たので、私も全作品制覇まであと数本となりました。
摩天楼のシーンの中で観る「寅さん」はまた格別でした。昔28丁目のアパートでルームメイトのつるちゃんと一緒に観たのを思い出しましたよ。
ちなみに、みなさんは48作の中でどれが好きですか?1,2作目や「ハイビスカスの花」などが人気がありそうですが、個人的には好きな作品がありすぎて、挙げるのが難しいですね。

「母べえ」

  • 2008.03.14 Friday
  • 11:03
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昨日、吉永小百合主演山田洋次監督の「母べえ」を観てきました。上演期間も間もなく終了なので観客も少なかったのですが、かえってゆったりと鑑賞ができました。
主人公の女性役はまさに吉永さんにははまり役でした。吉永さんは本当にすばらしい女優ですね。優しく品のある女性を演じさせたら彼女の右に出る人はいないのではないでしょうか。他の実力派の俳優の演技も光っていたと思います。作品全体としても、戦争へと突き進む不安定な社会情勢と悪法であった治安維持法に苦しめられた家族の日常の姿を山田監督らしく表現していて、静かな感動を覚えました。
観客は年配の方が殆どでしたが、もっと若い人たちにもぜひ見てもらいたいですね。
当時は戦争や自由の無い悪法などまわりに地獄がありましたが、現在は人の心に地獄があります。どちらの地獄も無い世界を構築できないものなのでしょうかね。

私は寅さん映画のファンです。

  • 2008.01.26 Saturday
  • 23:08
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私は映画が好きです。高校のときに1時間ほどの8ミリ映画を制作したこともあるんですよ。ニューヨークに行った理由も映画関係の勉強をしようと思ったからなんです。
好きな映画を挙げると数多くなってしまうのですが、日本映画の中では「男はつらいよ」を必ず挙げます。
この映画では今崩れかけているほんのりとした日本の情の世界が見事に表現されています。私は黒沢や小津や溝口もいいとは思いますが、「男はつらいよ」シリーズは日本を代表する映画だと思っています。

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