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    秋季ポーランド・チェコ剣道セミナー

    • 2016.10.13 Thursday
    • 13:41

    JUGEMテーマ:日記・一般

     アップが遅れましたが、9月半ばから今年2回目となるポーランド・チェコでの剣道セミナーに行ってきました。
    今回は私一人での指導ではなく、ポーランドでは北海道のY先生チェコでは東京のO先生を中心とした複数による指導でした。
     簡単に感想を言わせていただくと、基本稽古の重要性や「守破離」というプロセスの「守」の重要性をあらためて認識したということです。
     現在ポーランドは先のヨーロッパ選手権で団体2位個人3位を獲得し、来年の同大会での優勝を目指して頑張っています。しかし、その目標達成のため試合稽古や小手先のテクニックやかけひきに時間を割いているように感じました。たしかにポーランドのレベルは上がってきましたが、常に基本のレベルを上げていかないと足元をすくわれます。ポーランドの剣士たちには次の大会で勝つためにも、また将来にわたり持続的に欧州で強豪国であるためにも、現在の主力メンバーだけでなく次世代のも含め、今一度基本をやり直してもらいたいと切望します。
     それとは反対にチェコは全体としては現在ポーランドよりもレベルは劣るものの、若手のレベルは急激に上がってきており、今後が非常に期待できます。ポーランドがうかうかしていたらその地位は逆転すると予言しておきましょう。
    チェコの若手のリーダーのマルチンは自身の師匠でもあるO先生の教えを忠実に守り、基本重視の稽古で自身と10代の生徒たちのさらなるレベルをアップを図っています。
     私としてはここ10年来一緒に稽古をしている両国の剣士たちが揃って正しく剣道を学び実力をつけていっていただけたらな〜と心から願っています。

    十牛図と剣道

    • 2016.09.08 Thursday
    • 14:33

    JUGEMテーマ:日記・一般

     剣禅一如という言葉もあるように剣道と禅は近いものとして話されることが多い。
    剣道と禅、違いはあるだろうが、「真の自己」を探究する道として考えるならば、剣も禅も本質的に同じで禅の教えは剣道の修行に大いに役立つと言えよう。
     十牛図は禅の悟りにいたる10の修行のプロセスを解説した本として有名だが、非常に深い本で何度読み直しても新たな発見がある。
     その中の第二のプロセスの「見跡」にこう書かれている部分がある。
    「経に依って義を解し、経を閲して蹤を知る」経典をたよりに道理を理解し、仏教の教えを学んで足跡(悟りの足跡)を知る。という意味である。
    山田無文老師はこう言っている。
    「ー前略ー そういうお経を読まず禅ばかりやって、公案がいくつ透ったの、やれ悟ったの、印可を得たのとのぼせてしまうと禅天魔になってしまう。『経に依って義を解し、経を閲して蹤を知る』と。祖師方の示された垂示によって、牛の足跡を見つけるのである。心の牛の足跡を発見してゆくのである。」 
     非常に奥深い言葉である。剣道においても同じことが言えると私は考える。
    剣道で言うならば経とは古流の教えや組太刀(形)ということになろう。これを学ぶことによって剣道の悟りに至っていく。
    逆にこれを学ばずして高い境地にいたることはないと。
     そしてこれがまず最初に近い第二のプロセスだということも大事である。出だしから今の剣道は誤ったプロセスを歩んでいないか、今一度剣道の根本を考え直したいものである。

    剣道講演会

    • 2016.08.08 Monday
    • 13:32

    JUGEMテーマ:日記・一般

     過日、NPO法人「日本の剣道具製作技術と剣道を研究する会」による剣道講演会が開かれた。
    講師にT先生を招き、演題は「剣道の基本ー武道専門学校と東京高等師範学校の練習」。
    「明治から昭和への剣道歴史で、特に剣道指導者養成学校として我国最初に創立された武術教員養成所(後、武道専門学校)と高等師範学校の練習内容について解説する」というものであった。
     講師のT先生は自身のことを剣道の歴史の専門家ではないと謙遜するが、幕末から昭和に至るまでの剣道近代史の知識は専門家といっていいほどのもので、本講演も一般的な剣道書では知り得ないような事実をも織り交ぜられて、実に興味深い内容であった。歴史を振り返りさら剣道を研究しなくてはという思いを新たにした次第だ。
     現在多くの剣道家(専門家という意味でなく広く剣道をする者という意)、特に若い世代の剣道家がその歴史を知らず、また剣道に関する古い書物も読んでいないようだ。
    剣道ゲームとでもいうべき内容になっている剣道の現状をよりその理念に沿ったものにするためには、歴史や剣道の古典を学ぶこと、加えて形稽古(日本剣道形と古流や居合など)を学ぶことが必要であると強く思う。
     そしてその上で、現代的な環境に適応させて新しきものを取り入れていけば、剣道そのものをさらに高い次元へと発展・進化させていくことさえ可能であると思う。21世紀の剣道家は本来ここまで目指さなければいけないのであろう。
     しかし、逆に現状のままで手をこまねいていれば、長い歴史を経て高められた剣道はいつの間にか絶えるだろう。言うなれば剣道は文化的絶滅危惧種なのだ。
     

    道元禅師の言葉と剣道

    • 2016.08.05 Friday
    • 10:46

    JUGEMテーマ:日記・一般

     仏道をならふといふは、自己をならふなり。

     自己をならふというは、自己をわするるなり。

     自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。

     万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。

     

     道元禅師の有名な言葉である。

     

     この道元禅師の仏道という言葉を剣道に置き換えてみたらどうであろうか。

     

     

     剣道をならふといふは、自己をならふなり。

     自己をならふというは、自己をわするるなり。

     自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。

     万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。

     

     

     どうだろう。

    この方がよく言われる「剣道は人間形成の道である」ということが理解しやすい。私はそう思う。

     

    名指導者とは

    • 2016.08.05 Friday
    • 09:51

    JUGEMテーマ:日記・一般

     全国大会等で結果を出し、誰でも持っている程度の人生訓や処世術を諭せれば名指導者なんでしょうか。
    残念ながら剣道が「竹刀競技」と化している現状ではそうなっていることは仕方ないことなのかもしれませんが、剣道が「剣道」であるならば答えは否です。
     特に試合で結果を出そうと一生懸命指導している中学高校の指導者たちを見ていると、良かれと思ってやっていることがひょっとしたら結果的に「剣道」の可能性を潰しているのではないかと思えてしまいます。
     昔の山岡鉄舟や内藤高治、昭和なら斎村五郎・持田盛二のような本物の指導者(師)の出現、またはそういった先人と同じ方向を目指す指導者が増えることを切望していますが、これだけ剣道がゲーム化してしまった今、それは儚い夢となってしまうのでしょうか。

    剣道の道場

    • 2016.07.07 Thursday
    • 15:21

    JUGEMテーマ:日記・一般

     道場とは本来仏道を修行する場所であり、神聖な場所でありました。
    剣道の道場もそうありたいところなんですが、実際は体育館や格技場で稽古しているのが殆どではないでしょうか。
    京都の武徳殿のようなところが理想ですよね。そうすれば剣道ももっとよくなるはずです。私は剣道の中身が変わってしまったのはこういう稽古する場の雰囲気が変わってしまったせいもあると思います。
     無理とは知りつつ、少しでも、大きくなくてもいいからいい雰囲気の道場が増えることを願っています。

    子供の試合

    • 2016.07.07 Thursday
    • 05:44

    JUGEMテーマ:日記・一般

     試合が大事じゃないわけではありませんが、昨今子供の試合が多すぎじゃありませんかね〜。年に二回くらいでいいんじゃないですか?
    試合中心に指導する指導者もいてもいいですが、勝った負けた以外で剣道の魅力を伝えモチベーションを高める指導者がもっといてほしいものです。

    最近の8段戦

    • 2016.04.30 Saturday
    • 06:37
    JUGEMテーマ:日記・一般
     前にも言ったとは思いますが、最近は8段戦、7段戦、全日本の差がそれほどなくなってきていますね〜。
    時代の趨向といってしまえばそれまでですが、残念です。というか、もう諦めていますが、、。

    怪我で知った己の未熟さ

    • 2015.11.20 Friday
    • 22:27
    JUGEMテーマ:日記・一般
     前回、「打たれてもいいから心の稽古を」と書いたが、実際はそれほど簡単なものではない。
    自分の剣道は体力に頼った剣道ではないとたかをくくっていたが、実際肘とアキレス腱を怪我して、やはり未だ「心」「氣」の剣道ではないと痛感する。やはり私の剣道もまだまだ体に頼っているのだ。
     今この怪我に感謝している。体を若く保つ術は昔に比べ普及している。しかし、70,80、90代までの本物の生涯剣道を考えた場合体の力を維持する努力も大事だが、それよりも、今すぐ「心」「氣」で理合いの剣道に移行しなければ、それは実現しない。
     

    怪我と剣道

    • 2015.11.19 Thursday
    • 14:34
    JUGEMテーマ:日記・一般
     夏から発症した肘の痛みが依然として続いている。治るにはかなり時間がかかるとは懸念していたが、予想以上の回復の遅さである。さらにそれに加えて、これまた癖になっているアキレス腱周囲炎も数日前から起きている。
     休むか稽古を続けるか悩むところだが、テーピングやサポーターを使用して何とかできるならば稽古時間を短くして稽古を続けよう、怪我ならそれなりに稽古すればいいのではないかと思っている。
     表面的に打てなくても打たれてもいい、下手だと思われてもいい、これからは心の稽古を念頭にしていかなければいけない。
    それには稽古を続けなければ、。

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