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- 2023.12.26 Tuesday
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「率直に言うと、がっかりしています」――。日本国籍を取得した日本文化研究者のドナルド・キーンさん(89)は、8日の記者会見で「鬼怒」の雅号通り、震災後の日本の状況にあえて苦言を呈した。
「日本人は力を合わせて東北の人を助けると思っていました」。会見で終始朗らかなキーンさんだったが、震災の話になると表情が引き締まった。そして、「東京は(電気が)明るい。必要のない看板がたくさんある。東京だけではない。忘れているんじゃないか。まだやるべきことは、いっぱいあると思います」と語った。
「わたしは今まで、ある意味、日本のお客さんだった」と振り返ったキーンさんは、国籍取得を機に日本の現状に意見を言うことも考えている。「もしいいことができるとすれば、私のためでなく、日本人のためだと思います」と話した。
東日本巨大地震のあまりにもひどい被害に、被災地以外の人たちも大きなショックを受けています。日本中、いや世界中の人たちが「なんとか助けになりたい」と思っていて、すでに様々な方面でボランティア活動が開始されています。 ただ、その思いはひとつ間違うと、被災されて心底打ちのめされていらっしゃる現地の人たちの心を踏みにじってしまうこともあります。以下は、阪神大震災で被災された経験がある、西宮市議会議員・今村岳司さんのブログ3月13日の記事より。長文になりますが、一部ご紹介したいと思います。
「悔しくて、悔しすぎて、記憶から消していたことが、いろいろ蘇ってきて辛いです。私はこの文章で、「彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした」の一文がいたく胸に響きました。ややもするとエゴイストになりがちな善意、というものが私たちのなかに存在していることは決して否めません。
ひとつは、観光気分で来た自分探しボランティアの連中のこと。彼らは、人から感謝されることを楽しみにやってきただけでした。だから、汚れ仕事やしんどい仕事は何かと言い訳しながらやりませんでした。彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました。そんな彼らに『惨めな被災者』と扱われる屈辱。何日か経ったとき、避難所のリーダーが耐えきれずに怒鳴り散らして彼らを追い返してくれました。彼らがいなくなっても、彼らに受けた屈辱は消えませんでした。
(中略)
とにかく、自分にできることなど何もないことを受け容れることが必要です。「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。政府の大規模な財政出動に理解を示すこと、増税を受け容れること、節電など、政府の呼びかけに応じて、不便を受け容れること、被災者の苛立ちや要望をただ受け容れること、プロが呼びかけるボランティアや募金に参加すること。これくらいが関の山なのです。
『被災経験のあるあなたに訊きたいが、被災地に対して何かできることはないか』と友人に訊かれたので、こう答えました。まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族でアクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。
統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない『ボランティア』はただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。しかし、手ぶらのボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝るのです。完全に現場指揮に従うのであれば、しかも生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えているのであれば、行ってこればいいと思います。
次に、要請されないかぎり何も送らないことです。何が不足しているかもわからずに送られてくるものは、千羽鶴と同じゴミです。『着るものがないだろう』とボロを送られても馬鹿にされたと思うだけです。水もガスもないところにカップ麺を送られても意味ありません。現場に何が必要かを理解しているのは現場のプロだけです。『○が不足しているのでどこに送って欲しい』という呼びかけに応えるのであれば、ぜひ送ればいいと思います。
そして、ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないことです。安否確認したいのは被災していない側です。被災していない側が安心したいだけです。安否確認などされても被災者には何の益もありません。安否確認で電話することは、通信が復旧しきっていない情況で、被災者でない側が安心したいがために通信を使用する行為です。
要はプロに任せることです。16年前、遠くのまちの名前が書かれた消防車やパトカー、そしてなにより規律正しい自衛隊が来てくれたときには、ほんとうに嬉しかったです。彼らは、これまでに見たどんな人間より気高かったです。彼らはプロとしての技術を持っていましたし、彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした。被災地に必要なのは、プロだけです」